ご案内・ご予約コース案内
明治時代末期から昭和30年代まで四万十川上流、特に西土佐村では木炭を関西・関東に供給する基地となっていました。そのため西土佐村では愛媛県からの出稼ぎ者で溢れており、村内には診療所 が6つに、小学校も10数校ありました。四万十川上流域は大変な賑わいをみせ、木炭を上流から河口まで運び、そして帰りには日用雑貨品を積んで上流域へと帰りました。その時代、舟母の先頭の給料は公務員の6倍程。2人1組の航行が一般的で若い者同士、親子の組の時もありましたが、多くが夫婦でした。若者達は中村町で遊んで帰るのが楽しみで、市内は多くの歓楽街で賑わい、舟母の船頭は人気の的でした。1日に100隻以上の帆をかけた舟母が上り下りをし、四万十川の歴史の中で一番光って元気な時代……。時は過ぎ、人々の暮らしも変わり今は自然だけが残り、悠久の時を感じさせながら、私たちの心を和ませてくれます。
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